福岡高等裁判所 平成4年(行コ)4号 判決 1992年9月10日
控訴人
大角秀一
右訴訟代理人弁護士
山本草平
同
三井嘉雄
被控訴人
大分県大分県税事務所長
小原井辰治
右訴訟代理人弁護士
松木武
右指定代理人
溝部四郎
外五名
主文
原判決を取消す。
被控訴人が、控訴人に対し、原判決別紙目録記載の建物につき、平成元年二月一七日付けでなした、課税標準五一八五万五〇〇〇円、税額二〇七万四二〇〇円とする不動産取得税賦課決定を取り消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
一控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二当事者の主張は、原判決の「事実」欄「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。
三当裁判所の判断
1 地方税法(以下、単に「法」という。)七三条の二一第一項は、「道府県知事は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産については、当該価格により当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとする。」と規定しており、本件建物についても右の規定に基づいて固定資産課税台帳に登録された価格を課税標準として不動産取得税の賦課決定がなされたところ、控訴人は、本件建物の価格は、右固定資産課税台帳に登録されている五一八五万五〇〇〇円よりもはるかに低額の三一二〇万円(控訴人において取得した現実の取引価格)であると主張し、これ程の価格の乖離は同項ただし書にいう「その他特別の事情」に該当するものであると主張するのである。
したがって、本件の争点は、法七三条の二一第一項ただし書(「当該不動産について増築、改築、損かい、地目の変換その他特別の事情がある場合において当該固定資産の価格により難いときは、この限りでない。」)をいかに解釈すべきかという点に尽きるものということができる。
2 まず、右ただし書に例示されている増築等がいずれも当該不動産の価格が固定資産課税台帳に登録された後に生じた事由であることは明白である。したがって、これを受けた形の「その他特別の事情」についても、同様に、右登録後に生じた事情を予定しているものと解するのがむしろ自然な解釈ではある。
すなわち、固定資産の評価及び価格の決定は法三八八条以下に規定されるところに従ってなされ、また、固定資産課税台帳に登録された不動産の価格については、納税者(当該不動産の所有者)において不服申立て(固定資産評価審査委員会に対する審査の申出)をすることができるものとされている(法四三二条一項)から、確定した登録価格が右所有者を拘束するのはもとより当然であるが、そればかりでなく、このような手続過程を経て確定された登録価格は客観的にも公正妥当な価格たりえているものと一応信頼することができる。したがって、それを修正する必要があるのは、その後に生じた前記のような事由があるときに限られると解することにもそれなりの理由があるものということができる。
3 ところで、不動産取得税においても、この固定資産課税台帳に登録された価格がそのまま課税標準となるものとされていることは前記のとおりである。
そして、不動産取得税の賦課に際して、右のように固定資産課税台帳の登録価格をその課税標準とすることとされたのは、両税における不動産の評価の統一と徴税事務の簡素化をはかるためであり、なかんずく右後者の要請による面が強いものということができるところ、納税者の側に右課税標準となるべき価格に不服がある場合においても、右のような要請から、ただ、一方的に右登録価格によるべきこととするというのみでは、手続保障の観点からして大いに問題があるといわざるを得ず、ひいては同価格の公正妥当性についての客観的な保証を欠くという事態さえ生じることも予想されないではない(例えば、所有者が何らかの思惑のもとに、職員の実地調査や質問その他に対して適正な時価よりも高い評価をさせるように誘導したり、また、不当に高い登録価格に敢えて異議を申し立てずにこれを確定させるというようなことも全く考えられないことではない。)。
しかるに、同税の納税者(当該不動産を取得した者)については、所有者の場合とは異なり、右登録価格自体に対する不服申立ての機会は保証されていないのである。もちろん、固定資産課税台帳の登録価格を公正妥当なものたらしめるために、手続保障を含めて周到な配慮がなされており、実際にも公正妥当である場合が殆どであろうと思われることは前記2のとおりであるが、それにしても、この点について不服のある納税者に不服申立ての機会を与えないまま課税することを正当化するのは無理がある。
4 そうすると、新たに不動産を取得した者が固定資産課税台帳に登録された当該不動産の価格について不服を有するときには、それが余りに些細な事由によるものであるというような場合は論外として、当該不服申立てについてその不服の実質的な内容にまで踏み込んだ検討がなされることが肝要である。法七三条の二一第一項ただし書にいう「その他特別の事情」ないしは「当該固定資産の価格により難いとき」についても、右のような観点から解釈されるべきものであり、したがって、価格登録後に生じた事由に限定することなく、「右価格が当該不動産の客観的な評価として公正妥当なものたりえていないとき」という具合に広く理解すべきであると考える。
この点に関して、最高裁判所(二小)昭和五一年三月二六日判決(裁判集民事一一七号三〇九頁)は、「仮に右登録価格が当該不動産の客観的に適正な時価と一致していなくても、それが法七三条の二一第一項但書所定の程度に達しない以上は、右登録価格によってした不動産取得税の賦課処分は違法となるものではなく、右のような場合には、不動産取得税の納税者は、右賦課処分の取消訴訟において、右登録価格が客観的に適正な時価でないと主張して課税標準たる価格を争うことはできないものと解される」としているが、右はむしろ「但書所定の程度」に達している場合にはこれを争うことができることを前提としていると解されるのである。つまり、不動産の取得者が不動産取得税の賦課処分を争うことができるか否かは、当該不動産の登録価格と客観的に適正な時価との乖離が「但書所定の程度」に達しているか否か、換言すれば、「当該固定資産の価格により難いとき」というまでに至っているか否かの判断にかかっているのであって、同ただし書所定の事由を価格登録後に生じたものに限定する必然性はないのである。
5 そこで、以下、このような観点から本件建物の適正な時価を幾らと見るべきかについて検討する。
(一) <書証番号略>は本件建物及びその敷地の売買契約書であるところ、それには、控訴人が、昭和六三年一〇月三一日、本件建物をその敷地とともに合計四四七六万九〇〇〇円(本件建物が三八四〇万円、土地が六三六万九〇〇〇円)で買い受ける旨の契約が成立したとある。
しかしながら、本件訴訟において、控訴人は本件建物の取得価格は三一二〇万円であったと主張していたものであり、その価格と<書証番号略>のそれとの間にはかなりの開きがある。しかも、<書証番号略>は原審の第一一回口頭弁論期日(弁論終結の日)に至って漸く提出されたものである。当裁判所は、控訴人のこのような訴訟活動のあり方を疑問とするものであり、ひいては右<書証番号略>の記載についても、これをどこまで信用することができるかという点において疑問を留保せざるを得ない。ただ、不動産取得税の課税標準となる価格とはあくまで「適正な時価」をいうのであって、当該不動産を実際に取得した価格ではない(後者はせいぜい前者の重要な目安になるに過ぎない。)から、この点についてはこれ以上立ち入らないことにする。
(二) 原審における鑑定人高橋薫の鑑定の結果及び同人の証人尋問の結果によれば、同鑑定人が本件建物の価格の鑑定に際して採用した手法は、原価法により、再調達原価を求めた上、経年減価や観察減価を施して算出するというものであるところ、それは、本件建物がその利用目的(診療所)や構造その他から個別性が強く、参照すべき適当な取引事例を収集できなかったために、取引事例比較法を採用することができなかったことによるものであること、価格時点を昭和六三年一二月一日にとった場合のその評価は四二六七万円(本件建物の本体価格が三三二九万円、電気・給排水等の付帯設備の価格が九三八万円)と鑑定されたこと、以上の事実が認められる。
そうすると、右価格時点における本件建物の価格は右四二六七万円とみることができるのであり、これを覆すに足る証拠はない(控訴人は本件建物の価格には右付帯設備のそれは加算されるべきではない旨主張するけれども、右主張は採用することができない。)。
(三) そうすると、固定資産課税台帳に登録されている本件建物の価格五一八五万五三一二円は高過ぎるものといわざるを得ない。問題は、この九〇〇万円強の差をもって、「当該固定資産の価格により難いとき」というまでに至っていると判断すべきか否かである。
ところで、およそ国民は納税の義務を負っているとはいえ、それはあくまでも適正かつ公平な課税がなされることを前提にしているのである。しかも、固定資産税の課税標準価格が一般に適正な時価を相当大幅に下回っていることは当裁判所に顕著な事実であり、そのことをも加味して考えるならば、本件建物の登録価格が適正な時価を更に九〇〇万円(すなわち二〇パーセント以上)も上回っているということは、決して軽視し難いものがあるといわなければならない。
以上によれば、本件建物の固定資産課税台帳上の登録価格を不動産取得税の課税標準価格とすることはできないものというべきである。
(四) もっとも、<書証番号略>によれば、新たな基準年度である平成三年度においても、本件建物の登録価格はやはり五一八五万五三一二円であり、しかも控訴人は所有者として右価格に異議申立てをしていないことが認められるから、少なくとも現在においては、控訴人は右登録価格に異議がないものと見なさざるをえない。しかし、本件建物については控訴人において相当多額の出損(<書証番号略>によれば合計六〇〇万円にのぼる。)をして本件建物の修繕をしたことが認められるから、それによる価値の増加分をも見込んで敢えて異議を申し立てなかったということも十分考えられるところであり、いずれにしても、平成三年度の登録価格が昭和六三年度のそれと同一であるのに、これに異議申立てをしなかったということをもって、控訴人が本件建物の取得時の価格にも異議がないものとすることができないのは当然である。
6 以上によれば、本件不動産取得税についての課税標準の決定手続につき違法があるものというべく、法七三条の二一第一項ただし書所定の事由につき、「当該不動産について固定資産課税台帳の登録価格決定後に増築、改築、損かいその他経年以外の要因による物理的変動や社会環境の著しい変動が生じ、そのために当該不動産の価格が固定資産課税台帳の登録価格に比して著しく変動したことをいうものと解すべきである。」と限定的に解釈した上で、控訴人は本件建物の固定資産課税台帳の登録価格が本件建物取得時の適正な時価から乖離していることを主張しているにすぎないなどとして、控訴人の請求を棄却した原判決は不当であって、本件控訴は理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鎌田泰輝 裁判官 川畑耕平 裁判官 西理)